婚礼衣装を白く輝かせることが出来るだろう


どんな花嫁も美しい一日がある
もちろん君もその当日には
ショーウインドウに飾られているウエディングドレスを
白く輝かせてみせることが出来るだろう
洗濯機の中の漂白剤みたいに

ぼくは君が誰かの花嫁であることしか知らない
だけど
君は君自身の花嫁姿しか知らないというわけにはいかないんだ
魔法が解けたあと
君はとてもタフでなければならないよ
ぼくの心配は君の不安とは全然違うところにある

深夜……
零時
ぼくは病室のベッドの上でタロットカードを繰っている
君たちの将来をこいつで占うために
看護婦の君はそわそわしながら しきりに時計を気にしている
患者であるぼくをこんな時間まで起こしているのが気になっているのだ
「ごめんなさい」
君は謝る
君は自分の手を見ている
何かまわないよ
どうせ眠れないんだ
それにぼくには 君の美しさを眺めてさえいれば
君が どれだけその男にまいっちゃっているか
君が どれほどその恋を大切にしているのかがわかる

「私にはもったいないようなひとなんです」
君はほんのりと頬を上気させて言う
愛されている喜びに瞳をうるませて
ぼくに打ち明ける恥ずかしさに口元ではにかんで
消灯後の病室 ナイトスタンドと廊下から漏れる明かりが
君の横顔を照らす

白いシーツの上にカードを並べてゆく
君は黙ってぼくの言葉を待っている
カードに託された いくつかの美しい物語
ぼくは君を勇気づけたい
あらゆる
すべての物語はそのために語られるべきなんだ
だから……
ねえ……
これからの
君の新しい生活のなかで
毎日の朝の光のなかで
産まれたばかりの無垢な日常が
うれしそうに
君にむかって にこにこと微笑んでいると
そう考えてみてよ
母親は君だ
陳腐さをかいくぐり
月並みであることを超えて……
君のその輝き
ぼくは言う

ぼくと君はカードをはさんで
さしむかいに座ってる
君とはまったく逆の立場からぼくはカードの配置を眺めている
そう……
逆立ちしているカードたちには
すべての意味が身をひるがえしながら
ぼくにむかって語らなければならない言葉がある
なにひとつ癒されることなく
ぼくの身体から後方の夜へと流れてゆく物語
まばゆい光から灰色
そして暗黒へと……

ぼくはそんなことまで君に話している
もちろん君の結婚とはなんの関係もない話だ
どうかぼくがやけになってるとか
そんなふうには思わないで
今日のぼくは不思議とそんな気持ちじゃないんだ
光と闇の世界で
このタロットカードが中立の灰色なんだと
そうイメージして欲しい
それからぼくと君
まるで時間に手触りがあるかのように
なにもかもが
こんなにもはっきりと感じられる
とても不思議な気がしない?
ぼくはこの夜の君を
いつまでも記憶にとどめておこう

ぼくは語るべき言葉を見失う
君がすでにそうなように
君の恋の
真摯な美しさが 君の身体を
満たしてる
カードが映しだす恋人たちの振る舞いが
君自身を圧倒しているのがわかる
やがて
君の指が伸びてきて そっと
ぼくの目じりに触れる
とても静かなやり方で
優雅と呼べるほどの
優しさで
あなたには悲しいことがあったのね でも……
言いかけて君は口をつぐむ

時計の針が動いている
君はもうそろそろ仕事に戻らなければならない
君はずいぶんな時間 ここに腰を落ち着かせてしまっている
長引かせないよう気をつけていたつもりなのに……
最後に
胸の名札ではわからない
君の下の名前を教えてくれないか?
それで おひらきにしよう

君は一語一語を区切るように
ありがとう
と言った
そしてぼくは
ぼくの夜から
君の白衣を婚礼衣装にみたてて
目を閉じる


2001年5月5日

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