上海へ

なんと私は、66歳になるまで海外へ行ったことがなかったのです。
といっても、海外は初めてじゃないのです。
「えっ、もしかして密出国したのですか!?」って。
いえいえ、違います。私は、奉天(現、瀋陽)生まれの上海育ちというわけで、小さいころ海外にいたのです。
このたび、鳥越私塾の皆さまで上海へお勉強に出かけるという企画が持ち上がりました。
私は参加しようかどうしようかと迷った末にパスポートを取得することにいたしました。私が育った上海へ行くというのでなかったなら、おそらく今回もパスポートを取らなかったでありましょう。
私が6歳まで育った上海とは、どんなところでしょう!
行くと決まりますと、胸が高鳴ります。ワクワクします。
この上海への旅での一番の目玉は、普通は入れない少年児童出版社を見学できるということでした。鳥越先生のお力で、それこそ各階の編集部の中にも入れていただき、貴重な書庫も見せていただきました。

少年児童出版社見学

上海行きは、見学したいところばかりだったけれど、何といっても一番の目玉は「少年児童出版社」の見学であろう。
2005年1月5日夜、上海に到着した一行は、翌朝、勇躍「少年児童出版社」へ向かった。
中国の児童書を出版しているとなれば、絵本と児童書を研究? している私たちにとって、最も訪れたい場所だったのである。
「少年児童出版社」は堂々たる建物で、建て替えられて間もないとのことであった。
社の表札は黒地に横書きで「少年児童出版社」と雄渾な踊るような金色の文字が書かれている。その前で、写真をパチリ! 社屋を身上げると、「本」を開いたように見えるデザインだ。「出版社に相応しい建物だね」と感嘆の声がしきりに出る。
まず玄関。そこには社の歴史、中国の文字の歴史にまつわる展示がなされている。

亀の腹に書かれた文字

写真をご参考に見ていただくとして、亀の腹に書かれた文字や文字の起源なども展示されてあった。また丸いテーブルに、まるで星座版のように文字が配列されているのにも目が釘付けになる。出版技術に多大な貢献をした方の胸像が、私たちを迎えるように微笑んでいるようだ。
そして、出版社の内部まで見学させて頂くことができた。大変なご好意だと思う。
資料室では貴重な資料がどっさりで、歓声をあげながら見て廻る。また各編集部に入室させて下さる。編集者たちのデスクとデスクとの間には、低い仕切りがありヘッドホーンを掛けてお仕事をしている方もおられる。漫画編集部の中には、宮崎駿のアニメの中に出てくる大トトロのぬいぐるみが置いてあったりで微笑ましい。
中でも感激したのは、私たちを迎えての出版社の方たちとの意見交換の場に、「少年児童出版社」の社長自らが出席をして下さったことであった。
この時点での中国の児童書の出版事情などの質問があり、いろいろとお答えをいただいた。
日本と大きく違うと思ったところは、絵本のことであった。中国では、絵本というよりも文字がある本の方を喜ぶ傾向があり、どうしても絵本は、まだ浸透して広まる状況に至っていないということであった。学参ものが喜ばれるという。しかし、絵の芸術性は大切なことなので、それを理解して貰うように模索しているという。
社長の王一方さんは、理想家肌の方であられる。「少年児童出版社」の、中国での児童出版に掛ける熱意が伝わってくる。色々とお話された中で、頭は天を目指して遠くに理想を思い、足はしっかり地面を踏んで現実を見回す、という言葉に深く感銘を受けたのであった。



2005年7月7日  溝江玲子


玲子のプロフィール

溝江玲子 山羊座で12月27日と暮れも押し詰まった大変忙しい時期に生まれました。
昭和12年、旧満州国奉天に生まれて、上海に育ち、終戦後に大連から引き揚げてきました。もう、戦争はこりごりです。
職業はと聞かれると、答えがいく通りもでてきます。一番格好よく答えると、作家かな。それから、7年前立ち上げた遊絲社(ゆうししゃ)という出版社の代表です。
趣味は読書とお絵描き、素材のページのキャラクターの原画も描いています。
へこんだときに呟く言葉は「人間 万事 塞翁が馬」。これで、幾多の試練を乗りきってきたのです。

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